何が起こったかではなく、それにどう反応するかが大切だ。 -エピクテトス-

ブログ第1回目は、古代ギリシャの哲学者です。

ストア派と呼ばれる流派に属していた学者です。

ストア派は、下記にもありますが、「自らに降りかかる苦難などの運命をいかに克服していくを説く」という流派であります。

ストア派(ストアは、Στωικισμός)は、ヘレニズム哲学の一学派で、紀元前3世紀初めにキティオンのゼノンによって始められた。自らに降りかかる苦難などの運命をいかに克服してゆくかを説く哲学を提唱した[1]。破壊的な衝動は判断の誤りから生まれるが、知者すなわち「道徳的・知的に完全」な人はこの種の衝動に苛まされることはない、と説いた[2]
(出典:Wikipedia)

今回の「何が起こったかではなく、それにどう反応するかが大切だ。」という名言では、結局のところ物事が起きた時、個人がそれに対してどう判断するかで決まってしまうものだと言えます。

例えば仕事で何か失敗をした時、起こっていることは確かに失敗。けれども、深く考えてみると、それは次へのチャレンジに繋がるヒントであると捉えることもできるのです。

また、仕事の別の場面で考えてみると、底意地の悪い同僚に会議の場で難癖をつけられた経験をされている方も多いと思います。

その場合に湧き起こってくる感情は、単純にその同僚に対する嫌な気持ちでしょう。むかつくという気持ちでしょう。

この時、逆上して言い争ってしまうと、自分のイメージにも傷がつきますし、相手の思うつぼである可能性もあります。

そこはぐっと我慢して、起こっていることを冷静に客観視してみます。そうすると意地の悪い同僚が言っていることも、彼の立場から考えるとしょうがないとなるかもしれないです。その場合は、自分の行動を改めるいい機会と捉えることができるでしょう。

もちろんそれ以外にも、一方的にひたすらむかつくということもあるでしょう。そのときは、その怒りを将来的に見返すという考えを持ってみることです。

起こっていることは、同僚から意地悪をされた。それに対しては、即座に仕返しの行動を起こすことなく、必ず自分にプラスになるような反応の仕方を考えていく、ということがこのエピクテトスの名言から学ぶことができるのです。