安国寺恵瓊名言集|信長の死を予言した関ケ原の戦いで敗れた臨済宗の僧の言葉

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安国寺恵瓊(Ankokuji Ekei)

安国寺 恵瓊(あんこくじ えけい)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての臨済宗の僧で、武将および外交僧。道号(字)は瑶甫、法諱(諱)は恵瓊、号は一任斎または正慶。一般に広く知られる安国寺恵瓊の名は、住持した寺の名に由来する別名であり、禅僧としての名乗りは瑶甫 恵瓊(ようほ えけい)という。

毛利氏に仕える外交僧として豊臣(羽柴)秀吉との交渉窓口となり、豊臣政権においては秀吉からも知行を貰って大名に取り立てられたとするのが通説だが、異説もある。

(出典:Wikipedia)

安国寺恵瓊の名言

朝鮮には夏に酒を冷やす蔵まである。

 

信長之代、五年、三年は持たるべく候。明年辺は公家などに成さるべく候かと見及び申候。左候て後、高ころびに、あおのけに転ばれ候ずると見え申候。藤吉郎さりとてはの者にて候。
現代語訳:信長の治世は5年や、3年はもたないと考える。来年あたりに公家などになるとは思いますが、そのあと転落してしまうように思われる。藤吉郎(豊臣秀吉)があとを継ぐのではないかと思う。

 

 

 

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