毛利元就名言集|三本の矢で有名な中国地方の覇者

毛利元就

毛利 元就(もうり もとなり)は、戦国時代の武将・大名。毛利氏の第12代当主。 安芸(現在の広島県西部)吉田荘の国人領主・毛利弘元の次男。毛利氏の本姓は大江氏で、大江広元の四男・毛利季光を祖とする。家紋は一文字三星紋。  

元就は用意周到かつ合理的な策略および危険を顧みない駆け引きで、自軍を勝利へ導く策略家として知られ、軍略・政略・謀略と、あらゆる手段を弄して一代のうちに一国人領主から芸備防長雲石の六ケ国を支配する太守へとのし上がった。子孫は長州藩の藩主となったことから、同藩の始祖としても位置づけられている。

(Wikipedia)

中国地方の戦国武将「毛利元就」の名言集

一年の計は春にあり、一月の計は朔さくにあり、一日の計は鶏鳴けいめいにあり
現代語訳:一年の計画は春に立て、一ヶ月の計画は月の最初に立て、一日の計画は朝に立てる
-毛利元就-

百万一心
現代語訳:百万人の心を一つにする。
-毛利元就-

この矢一本なれば、最も折りやすし。しかれども一つに束ぬれば、折り難し。汝ら、これに鑑みて、一和同心すべし。必ずそむくなかれ。
現代語訳:一本の矢は簡単に折れてしまうが、束になれば折ることは難しい。お前たち、このことを良く考えて、力を合わせなさい。この考えに必ずそむいてはいけない。

-毛利元就-

道を歩いてつまづくのはありがちなことである。少しも気にすることはないのである。
私は酒が飲めないから、このように長生きなのである。酒を飲まなければ、70歳、80歳まで健康でいられて、めでたいことである。
-毛利元就-

我、天下を競望せず。
現代語訳:中国地方の覇者とはなったのであるが、これは時の幸運にもよるものであり、これ以上さらに天下を競い合うつもりはない。
-毛利元就-

中国地方の全部とは愚かなことである。天下を全部持つようにと祈れば良いのである。天下を取ろうとすれば、中国地方は取れる。中国地方だけを取ろうと思えば、どうして取れるだろうか。
-毛利元就-

部下の命を守るのにこれだけのことをするのは当然である。
-毛利元就-

言葉は心をあらわすものである。言葉によって、その人が善か悪か、才能があるかないか、剛勇か臆病か、利口か愚かか、遅いか速いか、正直か正直でないか、ということがすぐに分かるものである。
-毛利元就-

一芸もいらず、能もいらず、遊もいらず、経歴もいらない。ただ常に武略、調略の工夫をすることこそが肝心である。
-毛利元就-

その流言は敵が流した計略かもしれないのに、それを我々父子の前で言い出すとはとんでもないことである。
-毛利元就-

謀多きは勝ち、少なきは負ける。
-毛利元就-

辞世の句:友を得て なおぞ嬉しき桜花 昨日にかはる 今日のいろ香は
現代語訳:今日の花見は友人が一緒だから、私はとても嬉しいが桜も嬉しそうである。桜の花も香りも昨日より、より良い気がする。

-毛利元就-