中臣 鎌足(藤原 鎌足)
藤原 鎌足(中臣 鎌足)(ふじわら の かまたり、なかとみ の かまたり)は、飛鳥時代の貴族・政治家。中臣御食子の子。母は大伴智仙娘。日本の歴史における最大氏族「藤原氏」の始祖。
大化の改新の中心人物であり、改新後も中大兄皇子(天智天皇)の腹心として活躍し、藤原氏繁栄の礎を築いた。『藤氏家伝』には「偉雅、風姿特秀」と記されている。字は仲郎。
(出典:Wikipedia)
中臣鎌足の名言
大きなる事を謀るには、輔有るには如かず
現代語訳:大きな事柄を行うためには、敵味方なく多くの味方が必要である。
生きては軍国に務無し
現代語訳:自分は軍略で貢献できなかった。(白村江の戦いの敗戦をうけ)
われはもや安見児得たり皆人の得難にすとふ安見児得たり
現代語訳:私は安見児を得た、皆が手に入れられないと言っていたあの安見児を得たのである。
玉くしげみむまど山のさなかづら寝(ね)ずはつひにありかつましじ
現代語訳:櫛箱のように開けずに覆っているのをいいことに安心していると夜が明けてしまい、誰かに見られてしまいます。あなたの名はいいけれど、私の名前が噂されると恥ずかしいのです。
中臣鎌足関係者の名言
藤原氏
藤原道長名言集|摂関政治を行った平安時代の偉人の言葉から学ぶ座右の銘
藤原頼道名言集|和歌の発展に多大な功績を残した藤原道長の息子の言葉
大化の改新
中大兄皇子|中臣鎌足と大化の改新にて蘇我入鹿を倒した天智天皇の名言