徳川家宣名言集|側用人として新井白石を登用した江戸幕府第6第征夷大将軍から学ぶ言葉

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徳川家宣(Tokugawa Ienobu)

徳川 家宣(とくがわ いえのぶ)は、江戸幕府の第6代征夷大将軍(在職:1709年 – 1712年)である。初名は綱豊(つなとよ)。

(出典:Wikipedia)

徳川家宣の名言

一時とはいえ、自分のために仕えてくれた家臣を助けてほしい。

 

生類憐れみの禁令に触れ罪に落ちた者は数知れないものである。私は天下万民のためにあえて遺命に背くこととする。

 

鍋松(家継)は幼く、古来幼主の時に世が平穏であったためしが少ないと考える。また天下の事に私情を挟むべきではない。東照宮(家康)が御三家を立てられたのはこのような時のためであるから、自分の後は尾張殿(徳川吉通)に将軍職を譲って鍋松が成人した折には尾張殿の心に任せた方が良いか、あるいは鍋松が成人するまで尾張殿には西之丸で政治を執ってもらい、もし不幸にして鍋松が死んだ場合には尾張殿に将軍家を継いでもらった方が良いか、どちらが良いだろうか。

 

 

 

徳川家宣関係者の名言

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